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プレーリーダーになった理由ーかつき編ー
「こうこう、こういう理由で、プレーリーダーになりました!」
こんな感じで、端的にビシッと即答できたらカッコいいんだろうけど、そういう訳でもなく…。
この記事を書くにあたり、自分自身を回想して分かったことを簡潔にまとめると、
「辿り着いた先が、プレーリーダーだった!」ということだ。
プレーパーク、そしてそこで働くプレーリーダーという存在を知ったのは、10年ほど前。
当時、すでに社会人だったから、大人になってからのことである。子どもの頃のかつきの身近に、そう呼ばれる存在はなかったため、全くと言っていいほど、勝手の知らない世界だった。
そもそも、なぜ子どもと関わる仕事を目指したのか?
きっかけとなったのは、中学3年生の頃に、「学校の先生になりたい!」と思い始めたことである。「こんな先生になりたいな~」という憧れの先生がいたという、まぁ、あるあるな理由ですね。(笑)
とにかくこの1年間、学校生活がシンプルに楽しかった!自分自身も生き生きしていたけど、周りのみんなも生き生きしていたような感覚がある。だからかな、「笑っている」印象が強く残っているのと、笑顔を見るのが好きだったし、その空間が心地良かった。
「義務教育だし、学校は行かなきゃいけないところ」と思っていた当時。どうせ行くなら、「楽しい」とか「面白い」方が良いと思ったし、そしたら自ら「行きたい」場所になると思った。そしてそれは、そこに居る大人の立ち振る舞い次第で、変わるものとも思えた。
だから、学校をそんな場所にしたいという想いだったんだなと、あの当時を振り返る。
それからというもの、なぜか将来の夢はブレなかった。「学校の先生になるんだ!」と、突き進んでいた。
猪突猛進、そんなイノシシかつきが、初めてぶつかり立ち止まったのが、大学4年時の教育実習。
短い期間ではあったが、初めて「教育」の現場に入って感じたことが、何かを「教える」場であるということ。それがすべてだとは言わないが、優先順位の一番がそこにあると感じた。
そこで改めて自分自身を思い返してみる。勉強(やらされること?)が好きではないこと、教えることがしたいわけではないこと、自分で気付くことの方が大事だと思っていること、などなど。学校で働く上で、自分の想いが壁?になっていることに気付いた。
乗り越えられない壁ではないけど、もし乗り越えたら、自分じゃなくなる感覚があって、突き進んでいた夢はそこで諦めた。
それからしばらくは燃え尽き症候群だったが、現実は悠長に待ってはくれない。
そう、卒業がすぐそこまで迫っていたのだ。 「就職どうしよう~!!!」
教育実習での気付きの一つに、自分の枠の中でしか知らなかった「子ども像」が、現実とかけ離れていることを思い出す。
「まずは、今の子どもたちを知りたい!」
そう思っていた時に、たまたま大学構内で目に留まった「学童職員募集」の文字。自身が、学童に通っていたこと、そして割と自由に遊んで過ごした記憶がうっすらと残っていた。
「遊んでいる時が、一番その子らしさが出る。遊んで子どもと関われるなら、今の子たちを知れるかも!」と、当時の想いに一番ヒットし、応募を試みた。
なんとか縁あって学童で働くことが決まったが、働き出して思ったことは、「自分が通っていたのは、学童じゃなかったのかな?」と思うほど、自由に遊べる時間が少なかった。また、1日のプログラムとか集団生活のルールなども多く、そこで初めて学童って「保育」なんだと、気付くこととなる。
もちろん、そのことを否定するわけではないし、大事な時もある。ただ、目の前の子どもたちがワクワクした様子で、「よっしゃ、遊ぼうぜ!」となっている時に、「時間だから、中に入るよ~」って、「それ、今じゃないでしょ」って思う自分がいた。あの瞬間の子どもの表情と声の熱量を差し置いて、今それより大事なものってないでしょって。
そうやって、自分の大事にしたいことに対して、自問自答することが増えていった。
そんなかつきに、当時の職場の先輩が教えてくれたんです。「プレーパークって場所があるんだよ」と。
初めて耳にするワードだし、気になりすぎて、すぐさま調べてみた。するとそこには、自分が大事に思っているけど言葉にできない部分が、言語化されてすらすらと書かれていた。
「そうそう、そういうこと!」凄まじいほどの共感が、そこにはあった。こんな場所があるんだと衝撃を受けたのと同時に、「ここで働きたいな~!」とすぐに思った。ましてや、「『教育』でも『保育』でもない仕事です。」と書かれているのを見たら、「絶対にここで働くんだ!」ぐらいの気持ちになっちゃいますよね!?(笑)
そんなこんなで、プレーリーダーの道に足を踏み入れました。
あれから10年が経とうとしている。もっと早くプレーリーダーという職業を知っていたら、きっと早くからプレーリーダーを目指していたかもしれない。
ただ、進む道がプレーリーダー1本だったら、こんなに長く続けられたかと言われると、その答えは分からない。きっと紆余曲折あって、信念?みたいなものが構築されての今があるから、10年も続けてこられたのだと思う。そして、これからもプレーリーダーを続けていきたいと思っている。
このまま話を続けると、ブログのテーマが変わりそうなので、続きはまた別の機会で。
「機会があれば!」ですけどね。(笑)
プロフィール紹介
大学卒業後、学童クラブで勤務。退職後、世田谷のプレーパークでプレーリーダー職を始める。自身のやりたいこと・生活スタイルの変化も伴い、2023年にNPO法人PLAYTANKに転職。現在、プレーリーダー10年目。

